止まらない、SNSでの誹謗中傷被害

学校

近年急速にユーザーが増えているSNS。発展スピードに比例してトラブルも急増しています。最近では、リアリティー番組の出演者が、SNSの誹謗中傷を理由に精神を病んでしまい自らの命を絶ってしまうという悲しい事件がありました。この事件に関しては、出演者の精神状態を把握できていなかったとして番組スタッフも世間に叩かれましたが、一番の問題は誹謗中傷をした人物とその状況をつくりだした集団です。中傷行為をSNS上で行ったとされる男は侮辱罪で捕まりましたが、蓋を開けてみれば科料はたったの9000円。人の命の価値にしては明らかに少ない数字に物議をかもしました。9000円の科料を請求された男性は即日納付し、その後通常の生活に戻ったとのこと。

tami
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誹謗中傷に関するツイート

をまとめています

誹謗中傷はなぜ起こるのか?

学校現場でも、授業の一環としてSNS使用上の注意や情報モラルについて学ぶ時代です。人を傷つけてはいけないという大原則がどうしてここまで崩れてしまうのか。そこには意外な盲点がありました。意外に思われるかもしれませんが、誹謗中傷の多くはその人の正義感によって起こるものです。決して性格が悪いとか悪人で人を陥れようとしているのではありません。「プチ正義の味方」が集まった時、こういった悲惨な状況になってしまうのです。社会的な制裁というとらえ方もあるかもしれませんが、行った代償としてはあまりにも大きすぎるものであることは明白です。集団で集まるとその制裁に歯止めがかからず、最悪の結果を招いてしまうのです。中には、他人を侮辱することに快感を覚え「いじめ」を繰り返す輩もいますが、大半は厄介な「プチ正義の味方」と考えていいでしょう。

普通でなければ「悪」?

学校でのいじめもそうですが、他人と違うことをしている人を排除する傾向が日本人にはあるように思います。自分の考える「ふつう」と他人の考える「普通」が異なる時、それは間違いだと認識してしまう悲しい習性があります。これは学校教育の負の遺産であると感じます。学校の中では、規律やルールを守ることを重要視しがちです。それは集団行動を学ばせる場所として必要な教育であることには間違いないのですが、それが子供たちに「周りと一緒のことをしないことは悪いこと」という認識を育ててしまいます。この結果、普通から外れたら注意することを正しいこととし、ネットの世界では間違った(普通ではない)ことを叩くことが正義という方程式が完成してしまいます。

その先を想像できているのか?

いじめ問題でよくあることですが、被害者が教室に入れなくなったり不登校になったりして初めて当事者が「やりすぎた」ことに気が付きます。いじめている最中は、相手が家に帰ってから泣いていることや学校に来れなくなってしまうことなど想像できていません。ネットでも同じことです。誹謗中傷をする人は、自分の正義感を振りかざすことに必死で、その先が見えていません。「相手が病んでしまう」「自殺してしまう」なんてことは想像できていません。むしろ想像できていたら誹謗中傷などできないでしょう。そういった想像力が欠けている人によって、SNSによるいじめは発生していると思います。

メディアの影響

ネットでの誹謗中傷、学校でのいじめ、これだけ多くの問題が国民に意識されているのはメディアの力によることは否定できません。それ故に、大きすぎる影響力が人を追い詰めてしまうことになります。ひとたび報道されると、加害者の情報がさらされるだけではなく、その家族の住所までネットでさらされ、二次被害へとつながることもあります。いきすぎた追跡も、集団になるととたんに責任感が薄れて暴走してしまいます。

最近では、コロナでの「自粛警察」が良い例です。国が言っているんだから自粛を守れ。私は我慢しているのに、隣の家は外出している。国民のイライラが間違った方向に進んだ結果、自粛しない家に対して匿名の嫌がらせが相次ぎました。正義という名のもとに法律違反ぎりぎりのことをしていることに罪悪感を持つこともありません。自分の感情で動いている時点で正義とはかけ離れたものだと思うのですが、彼らにそれは通用しません。

過激化しやすい要因

ネットの誹謗中傷の大きな特徴として、匿名性があげられます。多くの人が関与している案件については特にこの匿名性が大きな役割を発揮します。本来であれば一人につき一つのアカウントなのですが、ネットの世界では匿名が基本なので、誰がいくつアカウントを持っていてもわかりません。あたかも複数の人が自分の意見に同意しているように見せかけることも可能です。この特徴を使って、わざと過激化させ、自分の欲求を満たすことを目的とするユーザーがいることも事実です。善悪の基準が揺らいでしまうようなネット社会では、周りの意見に安易に同調することは避けた方が良いでしょう。

まとめ

便利なツールとしてSNSを利用することは悪ではないと思います。あくまでもその使い方です。自分の正義を他人に押し付けていないか?この発信は他人を傷つけていないか?ひどい言葉遣いをしていないか?簡単なツールだからこそ、使う側のモラルが常に試されています。私も経験がありますが、コメントで少し高圧的な言葉があると気持ちが落ち込んでしまいます。これがひどくなると本当に心無い言葉になってしまうのでしょう。そんな言葉を浴びせられたら人は誰でも耐えられないと思います。想像力を働かせ、発信する前に今一度自分の言葉を見直してみて下さい。言葉ひとつで相手を救えることも傷つけることもできるんです。

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