誰も助けてくれないことを悟った少女は、ドブから自力で這い上がる

雑談

 

子どもの頃のお話。たぶん5歳ぐらい。その他の記憶はほとんどないのに、この出来事が衝撃的すぎて今でも鮮明に覚えている。

素敵な休日

父親が釣りが好きで、その日は家族で海に来ていた。海といっても海水浴ができるような綺麗な海ではなく、濁った水で色は緑に近かった。汚れた海特有の磯臭い臭いがあったが、釣りができる楽しさで気にはならなかった。小さい私は、釣り竿を持つことができないので、エサとなるミミズを手づかみで釣り糸に付けるお仕事を任されていた。今思えば良い労働力だと我ながら思う。

釣りを一通り満喫した後、母親お手製のお弁当を車の後ろで堪能した。自分の好きなおかずとおにぎりをほおばり、素敵な休日を過ごしていたと思う。この時までは・・・。

ガラクタ

お弁当も食べ終え、まだ遊び足りない私は母親に遊んできてもいいかとお願いする。「見えるところにいてね」そういった母親の言いつけ通り、近くにあるコンクリートの防波堤に走った。しゃがみこんで海を眺めると、2メートルほど下にある海にはガラクタの山ができていた。緑色の海に、ひょっこり顔を出しているガラクタたちに、「バイク」「自転車」と指をさしながらガラクタの正体を暴いていく。少しだけ顔を出しているガラクタもいれば、半分ほど海に浸かっただけのガラクタもいた。遠くの方から順番に見ていたら、自分の下にあるガラクタに目が止まる。

それは大きく、何か乗り物のような形をしていた。見たことのないフォルムに、自分の小さい頭を総動員させて名前を探すが見当たらない。これはダメだ。母親に教えてもらおう。そう考えた私はしゃがんだ体を反転させた。

 

 

海へとダイブ

その瞬間、足元がぐらつきものの見事に海へとダイブ。”ばっしゃーーん!”という大きな音とともに体に痛みが走る。とにかく必死で水面に上がると、音に心配し駆けつけた家族が血相を変えていた。これは助けてもらおうと手を伸ばすが届くはずもない。兄が虫取り用のタモを伸ばすが上手く届かない。これは大人が飛び込むところだろうと、今の私なら考えるがその時の家族は誰一人飛び込んで来なかった。理由はお察しの通り。「汚い」から。とても飛び込む気になれないような汚水、ようはドブに飛び込むのはなかなか勇気がいる。とはいえ我が子が海に落ちているのだから、両親のどちらかは飛び込んでも良かったのではないだろうか。

救助活動なし

とはいえ、私は泳ぎに関しては得意だった。なにせこういう時のために母親が水泳を習わせていたからだ。海に冷静な状態で浮いていられるだけの余裕はあった。助けはこなさそうなので、兄に上がれそうな場所を探してもらった。家族による救助活動が期待できないので自分でなんとかするしかない。幸い近くに防波堤の階段があったのでそこを目指し犬かき泳ぎを開始した。海にダイブしておいてなんだが、とにかく顔を付けたくなかった。それほどに海は汚かった。

ようやくたどり着き陸に上がるが、いろんなものが付いている身体に誰も近寄ってこようとしない。とにかくどこで綺麗にするかと話している。誰が一人ぐらい安否を喜んでくれてもいいのではないか。そう思うが自分自身から放たれる異臭に限界なのも確かだった。

今では良い笑い話

そこで記憶は終了。今でもあの時助けてくれなかったことを親戚の集まりなどで披露するが、そのたび家族にどれだけ汚かったかさらされる。助けにきてくれなかったことを親戚のみんなに問うが、それはきついと笑われてしまう始末。薄情なものだ。あんな経験二度としたくないが、この時ほど水泳を習わせてくれた母親に感謝したことはない。

 


tami
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