学校という閉鎖空間「ネットを使ったいじめ」

学校

学校とは、学びの場であり、集団生活する場所であり、社会を学ぶ場でもあります。たくさんの役割がある学校ですが、本来は疑似社会というものを経験する場所であると思います。しかしこの特殊な学校という閉鎖空間で、最近不穏な空気が流れています。

「暴力」「暴言」これらの言葉を聞いてイメージするものはなんでしょうか?おそらく多くの方がいじめを連想されると思います。ところがここ最近のいじめは、これらを使って行われることはほとんどありません。主ないじめはネット環境の中で発生しています。そう、教師が気が付かない場所で行われているのです。教師どころか、保護者の方も気が付きにくいのではないでしょうか?

tami
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いじめが起きやすい環境

”いじめ”がなぜなくならないのか?これには昔からたくさんの人が議論を重ねてきました。一言でいうと、こと学校に関していえば「閉鎖された空間において、人は人を攻撃しやすい」のだそうです。密集することによって、協力し合える半面、距離感が近いと”いじめ”は発生しやすい。まさに学校空間がそれにあたります。一見、一人一人が自由な意思を持って学んでいるかのように感じますが、置かれた環境は閉鎖的なものといえます。

大人であっても子どもであっても、閉鎖的な空間ではいじめが起こりやすいです。子どもは感情のコントロールが未発達な分、いじめの発生率としては高い傾向になりやすいかもしれません。 

ネット環境

そんな学校空間において、子どもたちを見守る存在として先生がいます。見守る人がいれば何かあっても解決できるはずなのですが、実際にはそうはいきません。特に最近のいじめの傾向としては、学校よりもむしろ家庭にいる時間に発生しやすいのです。部屋で一人でスマホを触っている時間。はたから見たら、何気なくスマホをいじっているように見えますが、実際には加害者にも被害者にもなっている可能性があるのです。一目みていじめと判断できないところが、事態を悪化させている要因になります。発見が遅れ、対応が遅れ、ケアが遅れる。最悪の場合命に関わります。便利なツールを扱うことは、それなりのリスクを伴うということを、学校でも家庭でも教えていかなくてはいけません。 

ネットいじめの対策

ネットでのいじめに関していえば、相手に直接手を加えることはできません。外傷もなければ、それらしい痕跡も残しません。それゆえに証拠となるものは抑えにくいと思われがちですが、案外そうでもありません。ネットは書き込みを消すこともできますが、瞬時に記録して残すことも可能です。もしもそういった場面に出くわしたら、その証拠をすぐに残しておいてください。画面をスクリーンショットしてもいいですし、音声を録音することもできます。

学校では、被害者に限らず、周りの発見した生徒がこれらの証拠を提出してくれます。それをもとに加害者と話し合いをするのですが、証拠を叩きつけられて逃れられる子はまずいません。言い逃れしようのない証拠に前にして、自分の非を素直に認めます。なにより証拠として出された、いじめに関する文面を目の当たりにすることで、事の重大さに気が付きます。 

重要なのはいじめに関する情報があれば、すぐに対応すること。いじめ発生を確認した時点で、すでに手遅れに近い場合があります。そもそもはたから見たら判断しにくいわけですから、いつから始まっているなんてわかるわけもないのです。それを前提に、手遅れになる前に対応するスピードが求められます。解決することはできなくても、(被害者を)気にかけている、(加害者を)警戒している、ことが相手に伝われば少なからず最悪の事態を防ぐことができます。

安易にいじめと決めつけて、余計なことをするもんじゃない。という先生もいましたが、実際には放置した方が悪化するケースが多いです。心配し過ぎ、勘違いだよ、と生徒に笑われるぐらいでいいんです。先生の役割のひとつは、学校生活の見守りです。常にアンテナをとがらせて、いじめの発生を感じ取れるようにしておく必要があります。

家庭での様子

最近のいじめは家庭にいる時間に発生しているとお話ししました。最近では共働きの家庭も多く、家に子どもが一人でいる時間も多いです。遅い時間に仕事から帰り、子どもと話す時間がとれないという方も多いですが、そういう場合は朝の少しの時間や、メモを残すなどしてとにかく子どもと接触を図るようにしてください。なにかしらのサインを出せる機会を子どもは探しています。そのきっかけをなるべく多く用意してあげると、違和感や異変に気づきやすいです。早めに対処することができれば、それだけ解決も早いです。 

まとめ

残念なことに、いじめに関しては完全になくすことはできません。断言するのもどうかと思いますが、人間の中に感情という機能がある限り、無くすことは不可能だと思います。相手を尊重する、互いに思いやる、という信念をいくら掲げていても、伝わらない人も一定数います。社会においては自己責任ですが、せめて学校では、子どもが安心して学べるようにしてあげたい。その環境を提供してあげるのが大人としての役割だと思っています。

tami
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